
世界渡航35カ国。旅するように働く『出張料理人』、林直子さん。
アドレスホッパーという働き方が注目されて久しいが、実際に、コワーキングやコリビングで暮らす人はどんな生活を送っているのか。どんな人が集まり、どんな食卓を共にし、どんな関係性を構築しているのか。さまざまな角度から、これからの時代の働き方について伺った。
林直子さんプロフィール
ケータリング、パーティー、合宿料理等の料理を請け負う『出張料理人』。海外生活6年、30カ国超を渡り歩いた経験を生かし、色々な国や地方の味を再現する料理づくりに取組んでいる。住居サブスクリプションサービス『HafH(ハフ)』のプロジェクトで、長崎、広島、東京、山梨、京都、マレーシア等で料理会を開催するなど、ローカルとグローバルそれぞれの味の魅力を、さまざまな人に向け発信している。ホームページはこちら
*今回は、『HafH』の拠点の一つ、東京都日本橋にある『Hostel Den』の2周年記念パーティーを取材させていただいた。


高校時代に料理に目覚め、ニュージーランドで和食料理クラブをつくった
Q:『出張料理人』という働き方に至る前、どんなきっかけで料理の世界に目覚めたのでしょうか。
林さん:中高一貫校に通っている時に、奨学金の出る全寮制校がニュージーランドにあるのを見つけたんです。16歳から19歳まで、3年間留学しました。ネイティブの子になかなかついていけず、毎日「あーあ」と思っていて。コンプレックスがすごくあった。けれど、ある日料理を作ったら、すごく喜んでもらえて、「これだったら」と気づいたんです。そこから、和食料理クラブを立ち上げ、料理をふるまう日々が始まりました。
ニュージーランドのワイナリーでバイトをしたこともあります。すごく大変で。ステーキを1枚焼くごとに、フライパンを1枚洗い場に投げてくる。50枚焼くと、50枚飛んでくる。それをとにかく洗うバイトをしていました。けれど、そのお店では世界中のシェフが働いていて、「料理していると、こうして旅できるんだ」と発見した。そこから大学へ進学することはせず、そのまま料理の道へ進むことを決めました。
料理で旅の記憶を「再現」する

Q:ご自身の旅した国や地域の料理を、依頼主のオーダーに合わせながら、再現していると伺いました。これまでどんな場所で、どんな料理をふるまったことが印象深かったですか。
林さん:毎回、依頼主さんからテーマ(お題)を与えられて、そのために考えるのが楽しいです。例えば、長崎のオリーブ農園に呼ばれた時には、オリーブとオリーブオイル縛りで料理を考えました。ギリシアに住んだことがあり、そこでは何でもフレッシュなオリーブを使っていた。その記憶を遡りながら、サラダや、カルパッチョや、ジャムを作りました。「ギリシアサラダにはフェタチーズが入っていた」とオーナーさんに伝えたら、面白がってくれて、わざわざ隣の福岡県まで行ってチーズを探してきてくれたり、お皿もオリーブの木から作ったものを提供してくれました。予算は潤沢ではなく、無料のパーティーだったけれど、面白かったし、楽しかったし、何より美味しかったです(笑)。大切に考えているのは、料理を創作するのではなく、あくまで再現すること。その国の料理を自分が実際に食べて感じたことを、依頼主のオーダーに応えながら、どう再現できるかに取り組んでいます。
コリビングで暮らしながら料理を作るということ

Q:現在、住居サブスクリプションサービスを利用して、各拠点でさまざまな料理をふるまいながら生活されていると伺いました。なぜそのような住みかた・暮らしかたを選択されたのでしょうか。
林さん:現在は千葉県の、コワーキングスペースの近くにあるシェアハウス。その一室を提供してもらっています。昨年末は全国を回っていたので部屋を借りなくてよかったけれど、今はそこが拠点です。施設に備え付けの共用キッチンを使わせてもらって、ケータリングなどを作っています。都内まで車で1時間、電車なら2時間くらいの距離なので、程良いです。東京はスタートアップの拠点もたくさんあり、おもしろいことをしている人がたくさんいる。でも自分は田舎が好きだから、「やってやるぞ!」という空気が満ちた場所よりは、ガツガツしていない場所でまずは生活を整えて、一旦立ち止まることを認めてくれる環境を大切にしたいと考え、このスタイルになりました。
Q:こういった拠点に出会うきっかけは何だったのでしょうか。
林さん:「ワークキャリア」という、フリーランスを養成する研修合宿。YouTubeコース、Web制作コース、Webライターコースなど4週間のカリキュラムがあり、自分自身もこれを受講したことがきっかけです。コリビング拠点に研修施設が併設されていて、カリキュラムの最初と最後にウェルカムパーティーとクロージングパーティーがある。そこでふるまう料理を、縁あって任されるようになりました。
出張料理人になる前は、合宿料理人だった
Q:具体的にその拠点で、どんな生活や取組みをされているのでしょうか。
林さん:『marumo(マルモ)』という千葉県金谷を中心としたコワーキングスペースがあって、フリーランスの人がたくさん住んでいます。周りにもシェアハウスが3軒ほどあります。どれも徒歩5分圏内なので、お互いのスペースを行き来できるのが、東京のコワーキングとは違う点です。
Q:これらのスペースは、同じ事業主が運営されているのでしょうか。
林さん:同じ企業が運営しています。移住してきていきなりWebで稼げない人向けに、地元の仕事の紹介もしていて、「田舎フリーランス」という働き方を支援しています。1ヶ月20名限定で、“どこでも生きていけるようになる”をコンセプトにした研修合宿をしていて、Webライティング、ブログ、デザインなどを教えてくれる。10〜50代まで様々な世代の人がいて、経歴もさまざま。大学生、大工、小学校の先生、元自衛隊、看護師など「この生き方でいいんだろうか?」と悩んだ人が集まってきます。それは日本の縮図のようで面白いです。
Q:その合宿生たちに向けて、料理をふるまうようになったのですね。
林さん:そうなんです。出張料理人になる前は、合宿料理人でした。もちろん、当時はそんな仕事はなかった。きっかけは、合宿中に皆パソコンに向かって、コンピニで買ってきたものを食べている姿を見たこと。社長に「みんな講座で疲れているので、一緒にご飯を食べる機会を作るのはどうですか?」と投げかけた。そうしたらすぐに「やろう」と言ってくれて、合宿料理を作る生活がはじまりました。そうして居場所ができて、フリーランスの出張料理人という、今の形に拡がっていきました。おかげで現在も出張ケータリングと合宿料理の両方をやれています。

自分にとって得な立ち位置を発見した
林さん:料理を作っている人って嫌われない。美味しいもの作ってくれる人のことを、嫌いにならないじゃないですか。だからラッキーな立ち位置を見つけたと思っています。1ヶ月毎日違うものを作るのは楽しいし、「美味しい」とフィードバックをもらえると、「それなら今度のパーティーで出してみよう」と検証できる。合宿料理は実験の場でもあるんです。いつも一緒にいるわけではないけれど、「人がいる」という環境は、自分にとってありがたいと感じています。大人になると、いろいろ打ち明けられる人は少なくなる。けれど合宿生との出会いを通じて、悩みを聞いて、「大丈夫だよ」と話していると、自分も、「大丈夫、いろんな生き方しても大丈夫なんだ」と励まされる。もし一人で工房を借りていて、一人で作業をしていたとしたら、こんな風にきっとできていない。みんなが一つの場所にいて、バラバラのことをしているけれど、それぞれが頑張っているから、自分も頑張ろうと思えます。
「食体験」を共にすると、「チーム」が良くなる
Q:研修の現場を長く見てきて、こういう料理が効果的だった、喜ばれたというものはありますでしょうか。
林さん: 料理を食べるのもそうなのですが、料理を一緒に作ることがリフレッシュになるという人は多いです。一日パソコンと向かい合うだけで疲れるという人は多いので。研修所にいて思うことは、ビジネスする以上の「体験」が大事だということ。鮎のつかみ取りとかよかったですよ。それを体験した後に、皆で仕事をしたのですけど、後になって「すごく記憶に残った、いい思い出になった」というコメントが寄せられて。普段と違う体験が、メンバーとの絆が深まるきっかけになったようです。「食べる」は誰もがする行為なので、体験プログラムにするのは良いのだと思います。みんなで仕留めた鹿を食べるという体験もしたことがあります。狩猟をする→食べる→仕事する。「食べる」を共にすることで本当の関係性が生まれて、ビジネスにもいいサイクルが生まれてゆくのを感じました。
地元の飾らない味がリフレッシュメントになる
林さん:気分転換には、地元のものが効果的です。たいそうなものではなくて、地元のおばあちゃんが作ったお弁当とか、その場所でしか食べられない、ローカルな魅力が詰まったものがいい。それをセットにした研修プランがあってもいいかもしれません。地元の経済の貢献にもなりますし、みんなが喜ぶサイクルがつくれる。施設で働く人は、近隣のお店のことも知っていると思いますし、「実はここに、こういう人がいますよ」と、地域をつないでいけたら面白いと思います。
研修メシとフードロス
林さん:研修メシ・ケータリングのいいところは、事前に人数が決まっているから食品ロスが出ないこと。レストランとは違って、食事を出す時間も「夕飯は18時から」などと決まっているから、作る方も心の準備ができてストレスが少ない。カフェの200食とケータリングの200食は全然疲れが違います。食品業界にもいろいろあるけれど、自分は何をして何をしないのかを決めています。
Q:今回取材させていただいたHostel Denさんのパーティーでも、規格外食材を取り入れ、フードロスの課題と向き合う料理を出されていました。
林さん:この日は『チバベジ』という団体から届いた規格外人参でジャムを作り、クラッカーにつけてふるまいました。Hostel Denさんがムスリムやベジタリアンに優しいホステルなので、料理もそこは心がけて。あまりこれまでそういう料理はやったことがなかったけれど、チャレンジしました。


野菜は待ってくれない
Q:規格外野菜の仕入れは、何かきっかけがあったのでしょうか。
林さん:コリビングネットワーク『Hafh』の提携施設のひとつ、千葉県佐倉市にある『おもてなしラボ』を訪問したことがきっかけでした。おもてなしラボさんのFacebookを覗くと「ネギが100個余っています!誰かもらってください!」という投稿があったりする。それをきっかけに、千葉県の規格外野菜と向き合うことになりました。メニューを先に決めるのではなく、箱で届く規格外野菜と、予算とを鑑みて、「あるものから考える」。賞味期限は待ってくれない。もらってもどんどん悪くなってしまう。どうにか保存食が作れないかと試行錯誤を繰り返しています。
食べることで、社会課題に関われる
Q:ちなみに、今回の人参はどのようなレシピを開発して消費したのでしょうか。
林さん:2箱ぎっしり詰まった人参は、ジャム、キャロットラペ、ちゃんぽん、カレー、巻寿司の具、グリルのソース、タンドリーチキン(玉ねぎの代わりに人参をフードプロセッサーでピューレにした)など何にでも使いました。食品関係の人たちと、届いた規格外野菜を前に、これをどうしたらいいか考えようというワークショップをしたこともあります。料理を作る前に『調整さん』を使って食べてくれる希望者をまず募り、作る段階で食べ残しが起きないよう配慮もしています。フードロスは「食べること」で関われる社会課題。そんなに大きいことはしなくても、考えて、疑問を持ち、こういうイベントに参加するだけでも、十分「関わる」ことができるんです。
ローカルとセントラルをどうつなぐか
Q:林さんの作る料理の元に人が集まり、食べにきた人が自然とキッチンに入ったり、配膳を手伝っている光景も印象的でした。
林さん:自分の料理を食べに、時間とお金をかけて来てくれる人がいることが、不思議で仕方なかったです。喜んでいる顔を見てホッとして、「東京の人も喜んでくれた」と恐怖が消えました。
Q:林さんにとって、東京はどんな場所なのでしょうか。
林さん:東京はチャレンジする場。自分のやり方次第で、たくさんのチャンスに巡り会える。ずっと地方にいるだけだと案件を探すのが大変で、意外とコストもかかるんです。千葉の研修施設で料理をふるまっていても、「美味しいと言ってくれてるけど、本当に美味しいのかな?コンビニ飯と比べて美味しいだけだったらどうしよう?」と、評価が本物なのかわからない部分もある。それで東京でも出してみようと思い、イベントを組むようになった。美味しいものが溢れている場所で自分の料理が受け入れられるのかを試すのは、怖かったけれど、そのぶん学びも多い。一方で、地方に行くことも大切にしています。昨年の夏はずっと東北にいて、ゲストハウスのイベントを手伝っていた。そこで出会ったお客さんが「ぜひうちにも」と声を掛けてくれて、その縁で、今度仙台の貸しスペースのオープニングパーティーを担当することになりました。新しい場所へ出向くと、また次の新しいつながりが生まれていきます。


地方のプロダクト力と東京のプロモーション力
林さん:地方で「東京で料理人をやっている」というと、「おおっ」と受けがいい。「東京でこういうの使わせてください」と言うと、向こうも喜んでくれる。すごく正直に頑張っているけれど、知られていない商品が地方にはたくさんある。せっかく美味しい『○○さんの塩』をどう紹介できるか。つながりを、さらにどうつなげていけるか。自分は料理という形でしか紹介できないので、商品化やプロモーションという点までは手が回らない。そういうことができる人と一緒にやれたら、もっと広がると思っています。
ケータリングとユニークベニュー
Q:林さんがこれまで出向かれた場所で、特にここはユニークだったと感じた場所はありますか。
林さん:ニュージランドのケータリングでバイトをしていた時に、映画の撮影現場に呼ばれたことがあって。その時は、「景色がきれいだからキャンプしながらご飯を作ろう」と、野外の開放的な空気ごと味わえるようなケータリングを提供しました。あとは、ワイナリーや、羊小屋で料理をふるまったことも。ニュージランドは羊が多いので、そこをそのままベニューとして使ったんです。そういった経験が面白くて「ケータリングを仕事にしたい」と思うようになりました。
Q:確かにケータリングは、箱モノ以外の場所へ出向くことが多そうですね。
林さん:いわゆる料理人は一つの箱の中で仕事をすることが多いです。でも、ケータリングだと毎日違う場所に行ける。仕込みのキッチンは固定でも、パーティー会場が毎日違う。それがすごく自分には合っていました。コラボレーションの機会が多いのも魅力です。アーティストの展示会で、自分の料理も作品のようにして一緒に展示してはどうかという話をいただいたり、和歌山の梨農園の「梨の花が咲く時期」をもっと活用してほしいという話もきました。結婚式をそこでやろうとなったのですが、アウトドアウエディングって、イメージはいいけれど、本当に大変(笑)。どういう人に来てもらうか、どういう設備があるのか、バックヤードスペースはあるのか、山ほど課題が出てきます。でも面白いことって、ちょっと無理しないと実現しないですよね。
Q:お話を伺っていると、自然とのつながりや、D.I.Y.の精神を尊重するベニューが増えているように感じます。
林さん:例えば徳島県の印刷工場をリノベーションしたコワーキングでは、働くだけでなく、グランピングできる設備やキッチンカーまでも揃えています。最近は、トレーラーパークも人気です。自分もそうですが、大工仕事に興味ある人が、男女問わず増えている。「自分で作れるようになりたい」というニーズがすごくあるようです。自ら改造したトレーラーハウスで、キャンプをして、ピザを焼いて、ライブもして。アウトドア環境でもWifiが整備されているところが増えているので、仕事する人は仕事して、遊ぶ人は遊んで、という自由がきくようになっているのだと思います。

ノマドシェフのように、面白く生きる
Q:今は、コロナ禍でなかなか海外に行けなくなりましたが、今後行ってみたい場所はありますか。
林さん:海外は行かなかったら、言語のようにどんどん忘れていく。今はDplay(ディープレイ)で配信されている『ノマドシェフ』という番組を観て、世界の文化を学んでいます。三ツ星レストランで働いていたオーストラリアのシェフが、世界中の食材と(デンキウナギなどと)戦って、持ち帰って、どう料理に変えるかという番組です。それを観ると、アマゾンの人たちの食生活がわかったりする。猛毒のある木を川に浸ける、すると毒が川に溶けるので、その毒で魚を獲って食べる。「こんなことが世界にはあるんだ」とわかる。現地を知れば知るほど、どんなに知らないかを思い知ります。昨年の夏、マレーシアで、10人程のプライベートクルーズに料理クルーとして同乗しました。3週間くらいの航海の間、1週間に1回しか買い物に行けない。超田舎のマーケットに降り立って、日本のようにきれいにパッケージされていないものを「これ食べてみて!」と差し出される。試しに買って、調べたり、使わなかったりしながら、メニューをふるまうのが面白かった。一人旅の時にもいわゆる観光はせず、毎日違う市場に足を運んで「どんなものがあるんだろう?」と見に行くのが好きです。次はアーユルヴェーダを学んでみたい。南米も美味しいと聞いているので、メキシコや、チリにも行きたいです。南米は気質が合うと思っています(笑)。美味しいと聞くと、もうどこでも行ってみたいです。

この記事を書いた人

みくになえ/1984年生まれ、写真作家。JAPAN MICE NAVIのユニークベニュー撮影、コラム執筆などを担当している。元Hafh Neighbor。
今回訪れたところ
Hostel Den
〒103-0023 東京都中央区日本橋本町4丁目13−8