
2019年9月5日、6日の2日間にわたり、京都四条烏丸に新設された会員制コワーキングとシェアオフィス機能をプラットフォームにした事業創造拠点「engawa KYOTO」で新規事業を発想するワークショップ「Innovation Masterclass in Kyoto(イノベーション・マスタークラス・イン・キョウト)」が開催された。主催は電通(本社・東京都港区)。イギリスの国立美術大学である「Royal College of Art(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)」(以下「RCA」)を招聘し開催された。
RCAはQS世界大学ランキング(※)のアート・デザイン分野で2015年から5年連続で世界1位に選ばれている。RCAがアート・デザイン分野のトップスクールとしての知見を活かし企業向けに実施する研修プログラムは、グローバル企業の幹部が渡英し受講する人気講座だ。
今回、京都で開催されたワークショップにも多様な業界の新規事業担当者や事業部責任者、次世代リーダー、幹部候補生などが参加。さらには一般企業からの参加者に加え、京都らしさと社会のダイバーシティを体現するために、地元京都の宗教家、スタートアップ、行政職員など多様なメンバーが加わった。
今回のプログラムではワークショップに先駆けて初日5日の午前中には京都市左京区にある京都造形芸術大学内にある春秋座で一般公開の「キーノートセッション」を開催。またワークショップ参加者はワークショップ終了後の6日夕方から同中京区にある元離宮二条城で開催されたインターナショナルアートフェア「artKYOTO2019」の初日特別内覧に招待され、世界遺産元離宮二条城の歴史的空間の中に展示された作品を鑑賞した。本記事では京都造形芸術大学で開催された「キーノートセッション」および二条城での「artKYOTO2019」も併せてレポートする。
(※イギリスの大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ社(Quacquarelli Symonds)」が毎年9月に公表している世界の大学のランキング。)

「Innovation Masterclass in Kyoto」を実践
ワークショップのメインテーマは超高齢化社会における「ウェルネス」。高齢化社会の日本がこれから迎える「人生100年時代」において、一人ひとりの人間が生き生きと輝ける社会を実現するための新規事業を考えた。今回のワークショップでは、デザイン思考のフレームワークである「ダブルダイヤモンド」方式を活用。今やデザイン思考の分野では一般的になっている「ダブルダイヤモンドモデル」。ワークショップでメインの講師をつとめた、RCAのジェレミー・マイヤーソン教授は、ダブルダイヤモンドモデルの開発に携わったメンバーでもある。

ダブルダイヤモンドモデルはその名の通り2つのダイヤモンドから構成される。1つ目のダイヤモンドで「探索(Discover)」「定義(Define)」、2つ目のダイヤモンドで「展開(Develop)」「提供(Deliver)」というそれぞれのフェーズに分けて、アイデアの発散と収束を繰り返すことで、課題の定義、機会の発見、解決策の探索というプロセスを辿るというもの。
今回はメインテーマ「ウェルネス」の下に「働くこと(Work)」「アイデンティティ(Identity)」「繋がり(Connectivity)」「移動性(Mobility)」「家(Home)」の5つのサブテーマが設けられ、各サブテーマにつき2チームずつ、計10チームでアイディエーションに取り組んだ。
1日目は1つ目のダイヤモンドとなる「探索(Discover)」と「定義(Define)」を実施。
第一のフェーズ「探索(Discover)」では、それぞれのグループに与えられたサブテーマの本質的な課題を発散させることになる。第一のフェーズでは、ありとあらゆる角度からの課題を数多くリストアップすることが重要になってくる。アイデアの量と質を担保するために、ワークショップで大切にしていることの一つがチームメンバーの多様性。例えば、同じ企業に所属しているメンバーでアイデアを出し合っても、出てくるアイデアは参加者の企業文化や企業の事情に偏ってしまい、似たようなアイデアや社会からの距離が遠いものとなるケースが多い。異なるバックグラウンドをもつメンバーでチームを構成することで、あらゆる角度からの課題が発散されやすくなるという。
またワークショップを通じて大切にしているのが可視化。各フェーズで出されたアイデアを整理するのにはフォーマットが用意されており、振り返った際には美しく見やすい上、一つ前のフェーズのディスカッションがわかりやすくなるというもの。第一のフェーズ「探索(Discover)」では、抽出されたものをツリー型のフォーマットに貼ることで具現化される。

第一フェーズで課題が出し尽くされた後に、第二のフェーズ「定義(Define)」に入る。第二のフェーズでは第一フェーズで出た課題の中から、チームが解決すべき、もっとも本質的な課題を定義することになる。第二フェーズで、検討され抽出された課題を「how can we ◯◯◯◯(どのようにしたら◯◯◯◯ができるか)」、この一文こそが、取り組むべき課題に対する新規事業ソリューションを考えていく上での指示書「デザインブリーフ」となるという。第二のフェーズ「定義(Define)」が最も難しく、「ここを乗り越えて良いブリーフを出すことができれば、後は楽だ」とRCAのファシリテーターも口を揃えるほど困難なフェーズとなっている。

2日目は2つ目のダイヤモンドである第三のフェーズ「展開(Develop)」と第四のフェーズ「提供(Deliver)」フェーズで社会課題を解決するイノベーティブな新規事業を構想していく。
第三のフェーズ「展開(Develop)」では再び発散のフェーズに突入。1日目の終わりに書いたデザインブリーフ「how can we ◯◯◯◯(どのようにしたら◯◯◯◯ができるか)」を、実現するアイデアをできる限りたくさん出していくということになる。第三のフェーズは、まだ解決に向けた具体のアイデアではなく、細かいアイデアを必要としない。実現可能性を無視して、思いつく限りのアイデアを発散させることが大切になるという。「現実的であるかどうか」「ビジネスインパクトがどうか」「自社の利益になるか」などの諸事情は無視。抽象的かつ革新的であることを意識しながら、たくさんのアイデアを出すことになる。今回のワークショップでは一般的なポストイットに文章を書く作業では脳の一部分しか活性化しないため、頭全体を使って閃くために、たくさんのレゴを積み上げてみたり、粘土をこねてみたりという、一見、無意味と思われる作業を通じて、アイデアを発散させていくという美大ならではの手法も試された。

第四のフェーズ「提供(Deliver)」では、第三のフェーズで大量に出たアイデアの中から解決法を絞り込み、イノベーティブな新規事業に落とし込んでいく。具体的には、「デザインブリーフ」の実現策を新規事業としてビジネスモデルを作成し、発表用のビジュアルプレゼンテーションを制作する作業だ。どのフェーズよりも忙しいフェーズとなる。絞り込みは、理想はもちろん、「今までにない革新性」「実現性」「市場からの需要性」なども考慮する。第四のフェーズでもレゴや粘土を駆使してビジネスを検証していく。3次元の立体にすることで、2次元の紙で書いた文章で見落としていたものや、新たな発見があるという。RCAのファシリテーターのいう「これがまさに『アウトプットファースト』の美大ならではの事業フィジビリティスタイル」だ。

最後は各チームで考えた新規事業の最終発表となる。今回、クリエイティブな2日間を過ごした各チームからは、非常に多岐なプレゼンテーションの手法でユニークなアイデアが発表された。いくつかのアイデアは会場から「これはぜひ欲しい!」と声が上がった。各チームのクリエイティブ溢れる発表には講師陣も興奮。最後には参加者全員で良いと思ったアイデアに投票。各講師陣からも賞が贈られた。
参加者からは「デザイン思考のプロセスを短期間で体現しながら学ぶことができ、非常に満足」「普段、仕事をする上でも課題としているテーマであったことから、今後の仕事でも活かせるワークショップ」「ダブルダイヤモンドモデルなど通常の業務だけをしているとなかなか学べないメソッド、問題特定→課題設定→ソリューションまで一貫した課題解決の有用性に改めて気づいた時間」「チームでアイデアが大きく跳ねる瞬間や、イラストで可視化することによる議論の深まりなど、色々な学びを得ることができた」などの声が寄せられた。デザイン思考の実践は参加者らにとって大きな学びの機会となり、満足度の高い2日間のワークショップだったことが伝わる。



京都造形芸術大学でキーノートセッション
キーノートセッション冒頭には、2018年ビジネス書準大賞「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」の著者である山口周氏がオープニングスピーチに登壇。「企業がつくるものによって世の中が美しくなったり醜くなったりする。自分たちの美意識で作ったものが後世に残っていくという責任感をもたなければいけない。ゴミを生み出すのはやめて、真に生活が豊かになるかどうか考えてみてほしい。今までは世の中に問題がたくさんあり、それをテクノロジーで解決していくことが求められた時代だったので理性が重視されてきたが、意味や体験、共感などが価値をもつ現代では理性と感性のバランスを改めて考え直す必要がある。今回の取組が大きな学びにつながると思う」と話した。

続いてRCAのJeremy Myerson(ジェレミー・マイヤーソン)教授が「高齢化社会におけるウェルネスのためのデザイン思考」をテーマに基調講演を行った。マイヤーソン教授は、「高齢化というと医学的には疾患のように扱われているマイナスなイメージを変える必要がある」と指摘。若者だけをターゲットにデザインするのではなく、高齢者など従来デザインから排除されてきた人々を巻き込み、共にデザインを行う「インクルーシブデザイン」という手法を話した。また教授が監修した高齢化社会にデザインが果たす役割について考える企画展「ニューオールド展」についても紹介。ニューオールド展ではトップデザイナーに高齢者向け製品のデザインを依頼し、様々な製品の素晴らしいデザインが集まった。事例のひとつに挙げられた移動用スクーターは、孫と共有して乗ることができるデザインで子供時代から高齢者になるまで使えるもの。運動にも移動用にも使用することができる。また様々なリサーチを行い、徹底して当事者の立場にたち考える「共感観察」という手法についても説明した。今回のワークショップのキーワードとして、「アイデンティティ」、「家」、「コネクティビティ(繋がり)」、「働くこと」、「移動性」の5つを挙げ、2日間で検討してほしいと話した。

パネルディスカッション「日本式Wellbeing社会の実現に向けたデザインによるイノベーションの可能性」では、モデレーターに山口周氏、パネリストをマイヤーソン教授、京都造形大学教授の小笠原治氏、予防医学研究者の石川善樹氏が務めた。「この20年間でイノベーションが停滞気味の要因と、ここから先ポジティブな要素に目をむけると何があるか」という質問に対して、小笠原氏は「雰囲気が大事だと思っている。新しいことにチャレンジするムード。打開していくためにはスタートアップ企業を増やすこと。新しく立ち上がることを盛り上げたい」。石川氏は「シニアと若者が交流したらイノベーションが起きることが多い。国内だけに限らず、世界のシニアと若者が交流できれば」と話した。

artKYOTO 2019
artKYOTO 2019は、世界遺産である二条城で9月6日から9日まで開催されたインターナショナルアートフェア。主催はartKYOTO実行委員会、京都市、一般社団法人アート東京、株式会社電通、株式会社電通ライブ。古美術から現代美術まで国内外約30のギャラリーが出展し鑑賞から所有までアートに関する様々な体験を提供する。京都は外国人観光客からも高い人気を誇る観光地。美術を通した国際交流の場となり期間中は国内外から9,633人と多くの来場者で賑わった。

6日のオープニングセレモニーでは、門川大作・京都市長(artKYOTO 2019実行委員長)が主催者として挨拶にたち「悠久の歴史を誇る京都。その象徴の二条城で開催できることを嬉しく思う。しかも日本で初開催のICOM京都大会(国際博物館会議)と合わせての開催となった。京都、日本が誇る文化芸術、その力で地域を経済を活性化し世界平和に貢献したい。素晴らしい芸術家や匠がたくさんいるが日本の市場は欧米と比べて一桁すくない。アートに感動してもらいそれを購入して頂かないと芸術家の生活が豊かにならない、後継者が生まれない。お買い求めて頂くことを目的としたartKYOTO、これをICOM京都大会のレガシーとして毎年続けていく。『そうだ、京都に行ってアート作品を買いに行こう』と思ってもらえるようにしたい。日本の様々な芸術家、伝統産業が国内外の市場に出て、そして文化と経済の良き循環が産まれていく事を願っている」と話した。オープニングセレモニーには、安倍昭恵・内閣総理大臣夫人やデザイナーのコシノジュンコさんらが来賓として出席。鏡開きが行われた。
歴史的建造物である二条城で開催
通常非公開である重要文化財の天井の梁、漆喰の壁などをそのまま活かした空間でアートフェアを開催。建築空間としても価値の高い二条城でアートに触れる非日常を感じることができる。参加者らはそこで生まれるギャラリストや美術商との出会い、コミュニケーションも楽しんだ。二の丸御殿台所、御清所には20軒以上のギャラリーや美術商が出展。東南隅櫓には古美術を中心とした5軒の美術商が出展。結婚式の挙式場としても活用される香雲亭はVIP Loungeとして使用された。屋内だけでなく、敷地内の堀の外庭などでも作品やパフォーマンスが展開された。
全部で31軒のギャラリー、美術商のうち京都からは11軒が出展
古美術から現代アートまでジャンルを超えて厳選された31軒のギャラリーのうち、11軒は地元京都からの出展となった。大阪、兵庫からの出展を合わせると関西から14軒、海外からは3軒が出展。平安時代の仏像から江戸時代の蒔絵、浮世絵、明治時代の金属工芸、海外で注目されている戦後の日本美術、華やかな日本画、ピカソやゴッホなど近代の巨匠、新進気鋭の国内外の現代美術家たちの作品が出品された。アンザイ ギャラリーではInstagramで245万人を超えるフォロワーを持つグラフィティ・アーティストのMr Doodle(ミスター・ドゥードゥル)によるライブパフォーマンスも開催された。

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